世界競争力ランキングを毎年発表しているIMDの世界競争力センター所長のArturo Bris(アルトゥーロ・ブリス)教授が4月に来日しました。 アルムナイ(卒業生)たちとの対話の場で、高津尚志・IMD北東アジア代表も交え、日本の競争力が低下している要因を解説しました。各種データから見えてきた日本の課題についてアルムナイと意見が飛び交いました。
「競争力」=公・民のバランス度
Bris:「競争力」という言葉は混乱を生みがちです。「競争力」は「争い」という単語と関連がないわけではありませんが、いつも関連しているわけでもありません。
この場合の「繁栄」は幸福度ではなく、収入や高い生活水準のことを指します。現在、「競争力のある経済」の要件は、民間セクターと公的セクターの間が適切な関係になっていることです。社会と国の両方の均衡がとれていることが大事なのです。
この均衡が崩れると政治は秩序を失い、逆に社会が国に独占されてしまうと市民社会は実現できません。
さて、「競争力」は二つの要素の方程式として説明されます=下図。
ここでグラフをお見せしましょう。
グラフの縦軸は国の力、つまり「公的セクターの効率性」を指します。横軸は「ビジネスの効率性」「市民社会の力」そして「企業の力」を示しています。グラフの上の方にいる国々は素晴らしい政府があり、下の方の国々は政府の力が弱く、効率も低い。このグラフからは、弱い国は民間セクターも弱く、強い国は民間セクターも強いということが見えてきます。
2022年現在、最も競争力の高い国はデンマーク。公民の両セクターともに世界で最も効率的です。一方で、ベネズエラ、南アフリカ、アルゼンチンなど、ランキング最下位の国々には、有力企業も有能な政府も存在していません。
アメリカのように、公民両セクターのバランスが取れていない国もあります。アメリカにはFacebook(Meta)やWalmartなど、かなりの有力企業がある一方、政府はとても非効率的で、政治的な闘争も起きています。ほかにはエストニア。政府は非常に優秀ですが、民間セクターでは、Skypeなど、成功した企業が国を離れてしまうという問題も抱えています。
(日本)低迷が続く給与指標
Bris:日本はどうでしょうか。これまでの話からわかるように、日本は政府と民間の両セクターで効率性が足りていません。全体でのランキングは63か国中40位台、民間セクターの順位も芳しくありません。
国の競争力は、その国の経済の豊かさと、労働効率、経済効率で構成されていますが、日本の生産活動の効率性はどうでしょうか。
経済政策がどの程度うまく機能しているかが「競争力」には重要ですが、より大事なのが給与との結びつきです。つまり、給与レベルはその国の生産性で決まります。生産性の低い国、例えばカンボジア、ベトナムなど東南アジアの経済圏では給与は低く、カタールなど生産性の高い国では給与も高くなります。
これは1950年から2022年までの労働の生産性のデータです=下図。
Bris:「従業員1人当たりのアウトプット」(outout per employee)とは、その国の平均的な給与の指標になります。
34年前のIMD の「世界競争力ランキング」によると、日本は世界で最も競争力の高い国でした。しかし1990年以降は向上していません。この10年間で日本の実質的な給与は低下しています。こうした現状を、もっと知る必要があります。
(世界)非資源国の強さの源泉
Bris: 生産性は、国が置かれている場所や天然資源の量で決まります。中東諸国がよい例ですね。最も労働生産性の高い上位5カ国は、すべて産油国です。しかしドバイは実は貿易の拠点(ハブ)にもなっています。グローバル企業を惹きつけるインフラの整備に資金を投入し、その結果、企業がこの国に資金を投入しています。
一方、天然資源の乏しい国では、文化や政治選択、インフラ、戦略がより大きな価値を持ちます。
それでいうと、スイスは地球上で最も「不利」な国といえるでしょう。電力以外は必要量を自給できず、すべてを輸入に頼らなければいけないからです。
見方を変えると、技術と革新の国と言えます。100年前に粉ミルクを発明したネスレ、LSDを発明したノバルティス、ロッシュなどが代表的です。
この点は、かつての日本と非常によく似ていますが、現在の「世界競争力ランキング」によると、スイスはランキングの首位グループ、対して日本は34位です。この差の理由は、どこにあるのでしょうか。
Bris:競争力のある国になるには、生産性を個人の豊かさに変換する必要があります。給与が増えればその分税収も増え、金融や公共の福祉に使われる。そして病院などインフラに投資され、外国からの投資も受けるようになる。生活の質の向上と幸福につながり、素晴らしいサイクルができあがります。
競争力の高い国はこのサイクルをうまく回しています。翻って、競争力の低い国は、生産性が低いか、生産性が高くても国民の豊かさに反映されていません。
(世界)ランキング上位の「共通点」
Bris:世界競争力ランキングでは、ランク付けの際、4つの要素に注目しています=下図。
Bris:経済パフォーマンス、政府の効率性、民間の効率性、そしてインフラの4つです。インフラはソフト、ハードともに対象になっていて、医療や教育も含んでいます。
総合ランキングの上位10カ国の顔ぶれから何か分かりますか?そうです、人口の少ない国が集まっていますね。意外なことに最高の経済圏は小国なのです。政治的にも安定しています。となると、日本の何が不利なのかも分かってきますね。
アルムナイ:「インフラ」の上位10位と11〜15位の国との差が開いていますね。
Bris:いいところに気づきましたね。スイス、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、それからオランダなど、欧州諸国には最高のインフラが整っています。ランキング上位に入るまでに長い時間がかかるのは無理もありません。
ここ数年で民間セクターの評価が高いのは、デンマーク、スウェーデン、オランダ。公的セクターはスイス、香港、UAEです。「経済パフォーマンス」は競争力の指標として必ずしもいいわけではないことも注目すべき点です。最終的なスコアにかなり響いているので影響が大きいということでもありますが。
アルムナイ:ランキングと幸福度との相関はありますか。
Bris:競争力の最も高い国は幸福度も高い傾向にありますが、競争力の低い国の中にも幸福度が高い国があります。
なぜか。人々は互いを見ているからです。ベネズエラは競争力ランキングでは最下位ですが、幸福度が高い。その理由は、隣人も自分も貧しいからです。隣人が自分より豊かだったときが問題なのです。ベネズエラやブラジルは、世界で最も幸福度の高い上位10カ国の中に入っています。こうしたことから、競争力と幸福度の相関関係はない、といえるでしょう。
(日本)従業員の生産性が上がらない理由
Bris:日本の大企業を見ると、国内的には成長しているように見えますが、従業員1人当たりの生産性は減っています。人を解雇せずに雇用し続けるからです。これは文化的なものですが、流動性や経済的な収入の低さも、日本の弱点といえます。では、2022年のランキングから日本を詳しく見ていきましょう=下図。
Bris:経済パフォーマンスは20位(と高め)ですが、これはパンデミック対応によるものであり、例外的なものです。収束後は、欧州諸国のパフォーマンスが改善されてくるでしょう。インフラは22位。この国の高い医療・教育の水準から言えば当然ですね。一方、民間の効率は51位、政府の効率は39位です。なぜ低いのでしょう?
1つ目は、政府が経済に投資できない仕組みになっているからです。GDPに占める公共投資の割合が高いのが日本の特徴ですが、経済への投資は実質20年前と同程度にとどまっています。
2つ目は日本特有のものです。多くの国では国内トップの大企業が、中小企業と提携して新規事業を生み、子会社をも養っています。スイスで言うと、ネスレやノバルティスなどの大企業が国内にあることは重要ですが、実際に雇用を生み出しているのは中小企業なのです。ネスレやノバルティスによって直接、間接的に作られた、清掃業やサプライヤー、人材派遣などの中小企業なのです。
(日本)大手との差が目立つ中小企業の「非効率」
Bris:その国の経済が競争力を持つには、中小企業がどんな状態なのかが重要になってきます=下図。
Bris:中小企業の生産性の差(図版左)の表を見ると、従業員が20-49人程度の中小企業の生産性は大企業の8割程度。ただ日本の典型的な家族経営の小さな企業の生産性は、トヨタなど大企業の40%にも満たないのです。この差はおさえておくべき点です。
アルムナイ:大企業と中小企業の生産性の低さの理由は、それぞれ違うと思います。大企業では成果を出さなくても、規約違反でもがない限り解雇されません。つまり日本の大企業の生産性の低さは成果が雇用と関係していないのが理由で、中小企業の生産性の低さはマネジメントや海外進出経験の不足が理由かと。
Bris:その通りだと思います。中小企業は、デジタル化の遅れ、業種の選択、独自の価値を生み出せていない点が課題でしょう。例えばオランダは、世界一のエビ輸出国であり、また世界2位の農産物輸出業国です。中国よりもロシアよりも上なのです。あの国がやっているのは、タイやフィリピンからエビを輸入し、加工・冷凍後、箱詰めして10倍の値段で売ることです。価値付けの面白い例です。
(日本)企業幹部も悲観的に
高津:ここで日本の経営効率の順位の推移についてお話ししていきます。
高津:1997年からの25年間で、総合順位は17位から34位に下がっています。インフラ分野は下がっているものの比較的高い順位、経済パフォーマンスはアベノミクスでやや持ち直しました。一方、政府の効率性は40位程度、民間のビジネスの効率性は2014年と比べるとだいぶ下がってしまっています。
ビジネス効率の低さについてさらに詳しく見ていきましょう。
高津:直近のランキングによると「ビジネスの効率性」での全体順位は63か国中51位。項目別にみると「生産性と効率性」では57位でした。「マネジメントプラクティス」(人事・組織の管理)では最下位の63位、「アティチュードとバリュー」(姿勢/考え方や価値観)の項目では58位です。
ランキングは、各国の250サンプルのデータの分析・計測から出しています。3分の2は世界銀行や政府機関の統計データ。残り3分の1は企業幹部自身の回答データです。幹部たちには各項目10点満点で評価してもらっていますが、2014年と比べ、どの項目も軒並み評価が下がっています=下図。つまり日本のエグゼクティブたちが、マネジメントへの自信を失っているのも、順位の低迷の一因と言えます。
(提言)競争力の再生に必要なもの
Bris:講演も終わりに差しかかってきました。日本はどうしたらよいのでしょうか。
データから言えるのは、日本では経済改革は必要ないということです。政治的な社会改革が必要です。なぜなら、それが国を助け、生産性を高め、その結果、価値を見直すことになるからです。
一つは労働法制を改正し、雇用の流動性を高めることです。とても骨が折れますが、うまくいっている国々は、どこもこうした改革に取り組んでいます。
例えばデンマークには「フレキシキュリティ」という、柔軟な労働法制があります。職場環境に耐えられず退職したり解雇されたりした人に、ニーズの高いスキルが身に着く数カ月間のトレーニングを提供し、企業への再就職を促します。これらはすべて公的資金で賄われています。これがフレックスセキュリティシステムです。
また、日本には、外国人材を惹きつけるものがないという課題もあります。スイスの強みは、多くの優秀な人材が海外からやって来るだけでなく、国内からも人材を輩出できている点です。スイス人は何か国語も話せるのが当たり前ですからね。外国人材の参入は、自国民のスキルと競争力の向上にもつながっています。
ちなみに私が論文で紹介した、少し変わったケーススタディを紹介します。日本ではハリウッド映画は字幕と吹き替えのどちらで観ていますか?
吹き替えですか。スペインと同じですね。吹き替え映画を観ている限り英語は学べません。字幕で映画を観ている国はデンマーク、オランダです。経済的影響はGDPで1%程度ですが、人々の英語スキル向上に大いに関わっています。
スペインなど、言語人口が多い国ほど、吹き替え映画が流通する傾向にあります。ポルトガルは人口が一千万人程度なので映画は字幕で観ますし、人口の少ないギリシャ人も、とても流ちょうな英語を話します。
また、日本の職場でのジェンダーバランスの偏りを改善していくことも重要です。上級管理職や役員レベルでは、男女の割合が均衡している方が高い成果が出ると分かっています。デンマークの研究では、女性比率が高い職場ほど男性の平均IQが高くなっていました。
アルムナイ:文化もその国の経済に影響を与えているのでしょうか。
Bris:文化が経済に影響を及ぼすのではなく、経済が文化を変えるのです。例えばラテン系アメリカ人への差別意識も、生まれたときから持っていた訳ではありませんよね。政治経済システムが彼らを差別的にさせているのです。そういう意味で、経済システムは文化に関連していると言えます。
日本は協調性が高いですね。経済システムで変えられるものではないですが、不変とまでは言えません。日本では、社会的なコンセンサスと民主主義というものの強みが認識されていないようです。
ランキングの調査に答えた日本の経営者の大半が、日本の魅力を示す指標として、インフラを選びました。確かにインフラは革新に欠かせませんが、政治の安定性も大事です。英仏スペインでは政治的な合意が形成されていません。ランキングで英国の生産性が2022年に下がったのは、相次ぐストライキが原因でした。経済改革より、むしろこうした社会改革から始める必要があると思います。
高津:私たちは今年、日本の主要企業の経営幹部の方々とともに「日本経営変革フォーラム」(IMD Japan Management Transformation Forum)を設立し、5月に1回目のイベントを予定しています。このフォーラムで日本で今後注力すべきものとして挙がっているのが、デジタル化、持続可能性(サステナビリティ)、人材(タレント)の分野での変革です。
まずデジタル化ですが、日本はすでにデジタル化の競争にあきらかに負けているとはいえ、今後のこの競争は続きます。
持続可能性は、非常に深刻な問題ですが、欧州での取り組みが進んでいます。日本でもビジネス領域での倫理観を転換し、取り組むべきです。どうやって進めていけばいいのかも重要なテーマです。
最後は人材について。解雇規制の見直しと健全な転職制度の構築をすすめ、高いモチベーションとスキルを持つ人材を育てていく必要があります。
課題は多いですが、この3つのテーマを議論するためにも、我々IMDと日本のリーダーが、互いにインスピレーションを得る機会になればと思っています。